幼児が話し言葉を覚えるまでの経過は、神秘的です。人の脳には生物学的に言語機能を司る部位があることが判ってきました。幼児は、その部位が、言わば白紙の状態であって、そこに文法知識が書き込まれていくことで言葉を覚えます。このとき、女親の言葉遣いが大きく取り込まれ、それが、言語能力の文法骨格を作ります。これが母語(mother tongue)です。チョムスキーの生成文法を一般の人に説明するときは、「母語を構成する基本文法」と理解するのがよいでしょう。大人になってから別の言語を覚えようとすると苦労するのは、既に取り込まれている母語と言語構成の約束が異なる場合であって、余分な書き込み知識が要求されるからです。その約束違いは三種類あります。文法・名前・発声です。その中で最も重要なものが、文法(grammar)違いです。物の名前違いと発声方法の違いは、方言違いとして許容できます。例えば、ラテン系の言語には、フランス語、イタリア語、スペイン語、ポルトガル語があります。これらの言語を母語とする人が、他の言語を聞くとき、言語の生成文法が互いに似ていても、同じとまでは言えない相違があります。しかし、単語の発音違いは方言違いとして直感的に理解しています。そのため、複数の人が自分の言語で勝手に話しても、相互に理解しているのを見ます。 |