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0. はじめに

 日本は、明治維新(1868)以降、欧米の学問(科学;science)と技術(technology)に学んで、急速に近代化に成功しました。学ぶとは、まねぶ、が転化した言葉です。真似ができるには、下地の教養が必要です。慣用句に「読み・書き・そろばん」があります。庶民が社会生活をする上で、最低必要な実用技能の種類を言います。ここで、そろばん(算盤)とは、算術技能の比喩的な言い換えです。英語にも同じような言い方があって; Three R’sで辞書に載っています。Reading, writing, arithmeticの3語の組みを言い、子供に教育する基礎的な学科のことです。これは、Rの音が3語にあることから、慣用される言い方です。「読み・書き」の二つを取り上げるとき、古くは、「漢学のような学問」を修めることとされていました。ただし、「書き」の技能では、お習字に、漢字を覚えさせる意義があり、想像以上に教育効果があります。漢字を眼で見て読めても、書けないことも多いのです。英単語を覚えるときも、文字を書く演習をすると、正しいスペルを覚えることに役に立ちます。そろばんの使い方は、学問としての数学よりも、実用技術として覚えることが、前の二つ「読み・書き」と異なります。

 ここで、不思議なことがあります。それは「読み・書き」に加えて、「話す」が抜けていることです。現代は、電話、それもテレビ付き通信も実用できるようになりました。しかし、以前は、少し遠くに居る人と、顔を合わせて、相手との対話で情報を交換することが不便でした。文字を介して間接的に伝えなければならなかったのです。その「書きもの」は、声に出して読み上げるときの言い方とは、かなりの違いがありました。明治維新以降、日本語は、英語を始めとした外国語の影響を大きく受けるようになりました。言文一致の運動は、今日の口語文を普及させる原動力になりました。敗戦(1945)後、英語の勉強でも、声に出してコミュニケーションをする英会話、つまり、話し方が重要な技能として認められるようになったことを理解しておく必要があります。

 イギリスで18世紀の半ばから始まった産業革命は、近代的な学問の発展と、その応用である実用技術の進歩に支えられて、近代社会に多くの貢献をもたらしました。とりわけ、学問としての数学とその応用とが、非常に発展しました。小学校での数学教育の科目名は、以前は算術と言いましたが、少しハイカラな語感の算数に変わりました。中身は四則演算の基礎技能を教えます。中学・高校では学問教育を表に出した教科名の数学です。そもそも、数学は、実用的な数値計算に応用することに意義があるのですが、数値計算の演習にあまり時間を掛けないようになっています。コンピュータを使って数値計算をさせるプログラミングは、難しい表現で提案された数式を、コンピュータの処理に向くように、加減乗除の組み合わせに変換する技術です。プログラミングは、数値計算の手順を、人と同時にコンピュータも理解できるような言語を使って書きます。ここに、「読み・書き」そして、近年では「話し」かけて利用することも使われるようになってきました。

 数学が扱う課題を世界史的に見ると、代数幾何(geometry)の歴史は非常に古く、アラビア数学がギリシャ時代に大きく発展したものです。代数は、りに文字や記号を使って、数の性質や計算法を研究する学問の意味です。幾何は、英語の綴りから判るように、測量学の意義があります。筆者の中学時代までは、代数と幾何とは別の先生が担当する学科でした。ギリシャ時代の幾何学は、数式を使わず、論理的な文章で定理などの説明をします。これを初等幾何学として習いました。測量学や天文学は、初等幾何学を応用しています。現代の数学は、専門範囲が広くなっています。幾何にも代数学や解析学を応用するようになって、幾何も数学の一分野を占めるようになりました。

 数学は、好き嫌いの差が大きい教育科目です。その影響があって、個人の教養の適性を、理科系か文科系か、に大きく分けることもします。しかし、幾らか的が外れた世間の常識である、と筆者は思っています。数学の理解にも、文科的な要素としての「読み・書き・話し」の三つの教養が必要です。ここにまとめた「易しくない算術と数学」は、この三つの要素を前面に出すようにして、算術と数学の扱う課題を説明しました。数学の歴史が古いこともあって、初等教育である算術が、保守的に扱われていることに、気が付かなくなっています。数学も、「読み・書き・話す」技術が大切であることを説明したいため、この報文をまとめました。
科学書刊株式会社:電子版 「橋梁&都市 PROJECT: 2011」

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