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実用文書のまとめ方‐序説

Introduction to Practical Writing


1. 実用文書とは

・実用文書の原点は手紙です
 社会生活では、重要な用件は文書で表現することが決まりになっています。口頭で用件を伝達すると、「言った・聞いて無い」などのトラブルが起こり易いので、簡単な用件であっても念のために書き物にして相手に渡します。このときに作られる文書は基本的には一通ですので、自分の記憶のために写し、または控えを作ります。用件を伝えたい相手が複数になると、小部数単位の印刷物に作って配ります。自分の記憶のために私的な書き物として残すことも日常的に行なわれていますが、これから説明する実用文書とは、相手に渡すことを考えて作成する、形式を整えた文書のこととします。この定義に合う実用文書の種類は広いのですが、その原点は手紙です。ちゃんとした手紙が書けるのは教養の一つです。書店の実用書のコーナーには「手紙の書き方」の類いのものが並んでいます。社会活動では個人に代わって企業の顔で文書がやり取りされます。そこでは秘書課とか文書課のような部署で形式を整えた手紙などの文書を扱いますが、英語ではこれをbusiness letter(商業通信文)と言います。欧米の秘書は、business letterの作成ができることを必須の教養としています。そして、このための現代的な基本技能が、ワードプロセッサを使いこなすこと、そのためにはパソコンの知識が必要になる、という教育的筋書きに繋がります。

・文書は、伝えたい用件に応じた書き方があります
 例えば、何かの届けや申請をするときに役所の窓口に出す書類は、現在ではあらかじめ形式の決まった印刷用紙が用意されていて、必要なところに書き込みをすればよいようになっています。元々は、個人が手書きで書類を作成するのが原則でした。しかし、人によって形式が異なるのでは書類を受け付ける側の扱いに困りますので、一般の人は代書屋と呼ぶ書類作成の専門家の手を借りて、必要充分な書類形式に整えなければなりません。印刷された申請用の用紙では、書式が手書きの形式を踏襲して作ってあります。代書のできる人を代書人と言いましたが、これは以前は司法書士を指していて、それなりの専門的な知識に加えて、文字をきれいに書ける素養が必要でした。昔の武家社会では、右筆または佑筆(ゆうひつ)と言う文書の専門家が殿様に仕えましたが、現代風に言えば秘書に相当する官職です。

・レポートや論文も実用文書に含めます
 より専門的で高等な研究を目指す専門学校や大学では、レポートや論文を作成する機会が増えますが、これらも実用文書に含めます。レポートや論文の作成については、どこかで一通りの系統的な教育をする場が欲しいのですが、日本の大学ではこれらの実用的な作文教育を教養カリキュラムに載せているところは殆どありませんでした。これは商・工・農などに関連した具体的な実務教育を軽蔑的にプラグマティズム(実用主義)といって、観念的な教養教育よりも一段低く評価してきた儒学的な傾向に影響があるようです。欧米の大学では種々の言語環境から学生が集まってきますので、technical writingのような実践的カリキュラムが必修になっているところが多いようです。

・教養としての作文がある
 実用文書と対立的な位置にあるのが詩歌小説の類いです。漢詩・短歌・俳句の作成には一応の作法があります。そこでは筆と墨とを使い、「書を能くする」ことも教養として必要でした。小説や随想などは形式にとらわれることのない、個人の自由な感情の移入が許されます。私的な文書の原点は日記です。日記をつけることは強制的な義務ではなく、個人の素養に属する事柄ですが、多くの文学作品の母体になっています。日本の作文教育は、どちらかと言うと自由な書き方の方を推奨してきましたので、手紙の書き方のような、定型的で実用的な文書の作成指導に欠ける面がありました。


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