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2. 作図と製図

2.2 印刷と複写


2.2.2 古典的な製図方法の理解も必要

図2.1 図面作成には文字を綺麗に書く技能も要求された
 土木学会の初代会長の古市公威(1854-1934)は、モンジュの伝統を受け継いたフランスに留学し、多くの製図の実習もしました。それらの作品は、日本に持ち帰られ、東大の土木工学科図書室に残されていました。それらは、大版のケント紙に、墨入れだけでなく彩色もされ、芸術作品の趣があります。この時代の主な製図用筆記具は、烏口(からすぐち)と特殊なペンです。図2.1は、昭和30年(1955)に完成した西海橋の記念に作成した、縮小版図面集の表紙に書いてある文字を示したものです。文字を手書きで綺麗に書くことが、技能として未だ重要であった時代の一つの実例です。三種類の字体がありますが、特に中段の、装飾のある字体に注目して下さい。理工系大学の教養課程には図学(graphics science)の科目があります。そこではモンジュの画法幾何学を教え、このような字体を実習で書かせていました。以前、名古屋大学の田嶋太郎教授(故人)に、「CADの時代に合った便利な作図道具を使うことを教えないのか?」とお尋ねしたところ、「古い作図道具の使い方を教える場を残しておくのが教育として必要である」との見識をお持ちでした。一般に、設計図は、最初の原図を一つしか作図できません。これは、絵画と同じような創作活動ですので、作品としての仕上げの良さが意識されます。建築物の設計者がデザイナとして尊敬されるときは、絵を描く素養も評価されました。世間一般でも絵を描くことを、設計そのものと誤解することがあります。工業製図には、絵画作成の素養も必要です。実は、字を上手に書く技能も重要です。このこともあって、理工系の専門分野に進学することを志望する人であっても、製図を必要とする専門学科を敬遠することもありました。また、橋梁設計会社に入社した新人は、図面が会社の顔を示すことになるので、改めて製図技能の徹底的な再教育を受けさせられます。
科学書刊株式会社:電子版 「橋梁&都市 PROJECT: 2012」

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