1.2 安定と不安定の力学

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 構造力学では、構造物の安定状態を静的安定と動的安定の二種類に大別します。安定であることの力学的な定義は「多少の撹乱があっても構造形状が大きく変化しないこと」を言います。不安定な状態とは、何かの微小な力か変形かが切っ掛けで大きな変形に移行する、その寸前の状態を指し、非常に限定された(critical)状態を言います。したがって、不安定になるまでは、見かけの現象としては安定状態です。そのため、不安定になるまでの途中経過を見込むことが工学としての安全の考え方になります。これを定量的に数値で考えることができるとき、これを安全率にまとめて判断します。

 構造物の静的安定・不安定の判定は、構造力学の最も基本的な知識として、トラスの組み方の所で学習します。非常に基本的なことですが、丁寧な説明はあまりされていません。その理由は、実用的な構造物である限り、不安定な構造は存在し得ませんし、特別な条件を考えなければ不安定状態が現れないからです。その典型的な例が墓石の転倒に対する安定です。幅に比べて高さ(重心位置)が高いと、倒れ易くなります。日本では地震で墓石が倒れる被害が出ますが、この性質を踏まえて地震の強度を静的な力に換算する係数が水平震度です。水平震度0.2に耐えるようにするには、幅と高さとの比を1:5よりも大きくします。この1:5の比率の場合には水平震度0.2に対して安全率が1であると約束し、これよりも比率が小さければ安全率が1以上に計算されます。安全率が1を下回ったとしても、地震がこなければ不安定にはなりません。心理的に不安定に感じることと、数値としての安全率で不安定を判断するのとは同じではありません。

 動的な安定の場合には、現象としてはやや複雑です。弾性的な構造物は、何かの力が作用して変形しても、力を抜けば元に戻ります。この性質があるため、構造物には振動現象が現れます。このときの振動の周期は、変形の復元し易さを表すパラメータになります。周期が長くなることは、変形が中々元に戻らないことです。何かの切っ掛けで振動変形が起こると変形が行きっぱなしになるのが破壊です。数学的には周期0の状態を動的に不安定であると定義できます。この性質を利用するのが実際の構造物や部材の振動測定であって、予測した振動周期よりも測定値が大きければ耐荷力が低下したと判断します。柱の座屈実験をするとき、荷重を上げて行くと振動周期が伸びることを確かめることができます。

 座屈の解析は、静的な耐荷力を確かめることを目的としますので、現象としては静的な安定問題です。しかし不安定条件の式が振動の解析と似た形になりますので、上でも触れたように、動的な安定問題としても捉えることができます。そのため、座屈の解析は、静的・動的の表現ではなく、弾性安定と言う用語を使います。構造解析の手法としては、仮想の座屈変形を仮定し、作用している応力との静的な釣り合い条件式を立てます。式については後の節で説明しますが、この式は一般に同時式の形になります。通常は、変形0が解ですが、ある特殊な条件のときに限って0でない変形が求まります。その場合にも数学的には変形の大きさが不定です。つまり、ある荷重条件のときに突然変形が発生することを意味します。これが座屈現象の理論的な説明です。実際構造物の静的・動的な不安定現象では、ある程度の前兆を観察することができます。しかし、座屈の場合には、現象としては突然崩壊が起こります。このことが座屈が恐れられている理由ですし、座屈を考える設計方針の立て難い理由です。

 理論的に座屈を解析するときの仮定は、材料が完全弾性体であるとします。実際の材料は弾性限界がありますので、理論的に計算される不安定の予測が実際現象に合うような補正方法を考えます。これは、材料科学で塑性座屈と呼ばれている研究分野で扱います。部材の設計は、材料を弾性範囲内で使うことを前提としますので、計算された座屈時の応力が材料の降伏点以上であれば座屈に対しては安全であると判断し、塑性座屈をした後での部材の挙動などの性質は扱いません。


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