1. 座屈の理論と設計法

1.1 座屈現象のあらましと設計法

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 細くて真直ぐな柱が軸方向の圧縮荷重だけを受けるとき、荷重が或る大きさを超えると、とたんにがっくりと断面の弱軸回りに曲がります。この現象を柱の座屈(buckling)と言います。竹製の1 mの物指しが身近にあれば、簡単な圧縮実験で座屈現象を確かめることができます。しかし、30cmの短い物指しでは余程大きな荷重を受けない限り曲がりませんし、その前にその材料の強度で破壊します。圧縮力を受ける大きな構造部材でもこの座屈現象が起こりますので、断面積から計算した強度に不足が無くても、横支えのない長いままで使うことをしませんし、作用させる荷重も小さく抑えます。これが座屈を考えた柱の設計の原則です。

 薄い板を圧縮柱と同じ状態で使うと、柱と同じように面外へふくらむ曲げの座屈現象が見られます。しかし、板は周辺を何らかの方法で支えて使います。応力も二次元の応力状態で考えなければなりませんので、座屈変形の現れ方は単純ではありません。プレートガーダー(鈑桁)の腹板(ウエブ:web)は、桁としての曲げ応力とせん断応力を受けます。この面内の二次元応力状態で圧縮応力成分があると座屈変形が起こることがありますので、それを考えた設計方法が必要です。柱と板とでは力学的な条件が違います。ドイツ語には柱の座屈と板の座屈とを区別する用語(Knickung, Kippung, Beuling)があります。英語では両方ともBucklingを使い、日本語でも座屈で済ませます。ここでの説明は、板の座屈に焦点がありますが、条件を少し変えると柱の座屈の説明にもなりますので、柱の座屈との関連が分かるようにしました。

 弾性板の面内の二次元応力状態を表すとき、二方向の軸応力σx、σyとせん断応力τの三成分を考え、これから主応力の向きと大きさとが計算できます。主応力のどちらも引張り応力であれば座屈を考える必要はありません。しかし、板全体の条件次第では、部分的に作用している圧縮応力で座屈を起こすことがあります。例えば、プレートガーダーの腹板面内で曲げモーメントによる軸応力を受けているとき、腹板の上部は圧縮応力、下部は引張り応力の場になります。そのため、全体としての腹板が座屈(曲げ座屈)を起こす危険があります。また、純せん断応力の場では二方向の軸応力が0であっても、±45度二方向の主応力は同じ大きさの圧縮応力と引張り応力とになりますので、やはり座屈(せん断座屈)を起こす危険があります。

 プレートガーダーの腹板は、上フランジと下フランジを繋ぐ構造部材であって、主にせん断応力を受け持ちます。一般に、このせん断応力はあまり大きくなりませんので、なるべく腹板の板厚を小さく抑える方が全体として経済的な断面になります。そうすると高さ方向に頼りがいがありませんので、適当な間隔で垂直補剛材を入れます。そして、腹板に座屈変形が起こりそうであれば、さらに水平補剛材を入れて腹板の矩形区画を小単位に分割して座屈に対する安全率を高めます。

 薄い板を縦横に補剛材で補強して、全体としてマクロな直交異方性板として扱うことがあります。これは板の曲げ問題を扱う場合です。板の座屈は板が面内の二次元応力状態にあるときを扱いますが、板の曲げの解析と関連をもちます。補剛材は板の曲がりを抑える目的を持ちますので、適度な曲げ剛性を持たせなければなりません。丈夫過ぎるのは不経済ですし、弱ければ補剛の役目が得られません。腹板の板厚を大きくすれば補剛材を使わなくても座屈の安全率は高くなりますが、板厚を薄くして補剛材で補強する設計の方が全体として材料の節約になります。しかし、補剛材を付けると構造が幾らか複雑になり、溶接作業も増えます。この全体を考えてプレートガーダーの腹板部分を設計する方法を、一言で腹板の性能設計(functional design)とくくります。


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