易しくない

材 料 力 学

著者 : 島田 静雄

科学書刊株式会社:電子版 「橋梁&都市 PROJECT: 2011」(ISSN 1344‐7084)

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0. はじめに
 材料力学の元の英語は、Strength of Materialsです。日本語に訳すとき、最初、材料強弱学と言いました。この学問は、力を伝える目的に材料を使うときの力学を扱い、強度を考えた合理的な材料の使い方を研究します。力がどのように分布し、伝わるかの解析に焦点を置くとき、力学(mechanics)を応用する、この全体を応用力学(applied mechanics)と括ります。応用力学の課題には、運動など、動的な現象の解析も含みます。材料違いで強度の表れ方が異なり、力の分布の性質が関連しますので、材料力学は、応用力学の中に含めます。大学の工科系の履修科目名では、応用力学としていることが普通に見られます。力を伝える構造物の解析に焦点を絞るときは、構造力学(structural mechanics)です。材料科学(materials science)と言うと、物理的な課題よりも広く考え、化学的な性質なども含めた広い概念です。材料学と言うときは、材料だけでなく、ボルトなどにした加工製品についてのカタログ的な知識の総合、言わば、物識り的なことを指します。セメントやアスファルトなどの知識を埋めておくことは、材料学の範囲です。橋梁工学は、橋梁に特化した専門性の高い実学です。この中身は、上で説明したすべての学を総合した内容を含みます。したがって、工科系の大学では、応用力学を必修科目扱いにしますが、橋梁工学は土木系の学科で扱われ、また選択科目としています。

 この著作は、建設系の大学生の講義テキストとして、筆者が1960年代に準備した手書きの資料を、電子書籍用に編集し直したものです。材料力学の知識は、技術者としてほぼ必須ですので、学科目としては必修単位として扱われます。経験のある技術者ならば、既に常識となっている知識であっても、新入学生にとっては全く新しい学問です。その意味を含めて「易しくない」の形容詞を付けました。「易しい・易しくない」の評価は、本来読者側の判断で言う言葉です。新入学生に「気を引き締めて勉強してね」と忠告する意味を込めて「易しくない」を付けました。材料力学は、実学です。取り済ました学問ではありません。材料力学の応用は、主に数値に直して判断に使います。したがって、大学での材料力学の勉強は、講義、実験、数値計算の演習をセットにして進めます。このことを意識して、この著作では、数値計算の例題を多く載せました。書店に行けば多くの参考書がありますし、インターネットを介しても知識を吸収できます。独学には便利な時代になりました。しかし、対面授業は、本来、常識の欠けを埋め、納得した理解が得られる貴重な場です。この環境を電子書籍の形で実現する一つの試みを、この著作で工夫してみました。著作の構成は、12章に分けてあります。この数は、雑誌に連載する12ヶ月分を意識したことと、講義の時間割として1学期分15回に割りつけることも考えたためです。新入学生には、半期週2回、または週1回 通年の講義時間が必要でしょう。

 材料力学の知識レベルを判定するときの基準を述べておきます。高校では、力を数学的に扱うときに向きと大きさを持ったベクトルの概念を使っています。材料力学では、力の種類を外力と内力に分け、内力の方を応力と言うこと、さらにモーメント(偶力)も応力として扱うことが特徴です。この段階で、剪断力の理解が一つの関門です。高校の物理では摩擦力として出てきますが、剪断力はその延長で理解する課題です。なお、学部レベルでは二次元の材料力学が基礎知識です。板の曲げなどの三次元的な扱いは大学院修士レベルの問題です。そして、捻じれが本当に理解できるようになれば、大学院博士レベルの知識があると言えるでしょう。

 欧米に科学技術を学んだ1950年代までは、材料力学の著名な参考書の翻訳書が多く使われていました。教科書として使う価値がある著作は、毎年発行されることで、年代を超えて知識の共有ができます。応用力学では、ティモシェンコ(Timoshenko,1878-1972)の著作が世界的に広く読まれていました。時代と国境を超えて参考書にする価値があります。筆者の著作には、多くの引用資料があります。元を辿ると殆どがティモシェンコの著作に行き着きます。しかし、著作権や出版権などが関係して、今では古典、悪く言えば化石資料の扱いになっています。これらに学んだ焼き直しの教科書がその後多く出版されると共に、ティモシェンコの名前や、その著作で紹介されている多くの学者の名前も、引用されなくなりました。先達の研究成果を正しく理解しておくことは、教養として弁えておきたいものです。この著作では、実用知識の説明だけでなく、できるだけ、歴史に残る学者や研究者の名前も紹介するようにしました。
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