0. コンクリート工学概説

0.0 基本的な概念

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 プログラム"KUKEI"は、主として曲げモーメントを受ける鉄筋コンクリート矩形断面の部材を、弾性理論に基づいて設計する計算に利用します。このプログラムは、「鉄筋コンクリート」設計シリーズの最初に位置付けてありますので、基礎的な計算法をやや詳しく解説してあります。このマニュアルは、初心者の教育用も意識してまとめましたので、最初にコンクリート工学のあらましから解説することにしました。

 そもそも、コンクリートは人工の石材です。その力学的な性質は、材料の選択・練り混ぜ・打ち込み・養生・加齢、などの条件によって変化します。施工作業ごとにコンクリートの性質が大きく変化するのであれば、信頼できる構造物が建設できませんので、目標とする理想的な性質が得られるように、さまざまな標準化が定められています。そのような標準化された条件で施工されたコンクリートは、鋼材と同じように、マクロに見て弾性的な材料と仮定することができますので、計算によって合理的な部材断面の設計を提案することができます。この考え方を弾性設計法(Elastic Design)と言います。

 弾性設計法と対比する考え方には種々あります。塑性設計法(Plastic Design)、極限設計法(Limit Design)などがあります。これらは、なるべく実物に近い構造を作って破壊実験をし、その強度を踏まえて設計する考え方です。自動車など、大量生産される製品の設計ではごく普通の方法です。しかし、土木構造物の場合には、試しに作って見て、具合が悪ければ修正する、などの便宜的な方法が使えませんので、理論的にねらいすまして構造を提案します。この場合、変形や応力などに線形の仮説が成り立たないと設計理論が使えなくなります。

 コンクリートそのものには大きな引張強度が期待できませんので、梁のような曲げ部材に利用するときの工夫として、引張側に鉄筋を入れ、瞬間的に折損するような破壊を防ぎ、構造物として利用するときの信頼性を上げます。鉄筋コンクリート曲げ部材の設計計算は、多くの破壊実験のデータを元に、計算に便利な力学モデルを仮定した実用計算式を使います。古典的なモデルは、鉄筋とコンクリートとを線形の弾性体とし、その弾性係数比nを15に選び、コンクリートの引張強度を無視します。このモデルは、必ずしも実際の部材の挙動を正確に表すものではありません。しかし、許容応力を極端に高く設定さえしなければ、設計荷重の範囲でコンクリートのひび割れが小さく、また破壊に対して充分の安全率を持つ部材に設計できることが経験的に確かめられてきました。これが弾性設計法です。新しい設計法も種々提案されていますが、古い構造物の補修などの際には、その当時利用されていた設計方法についての理解が必要です。

 最も典型的な鉄筋コンクリート構造の設計法は、単鉄筋矩形梁の設計にあると言うことができます。この設計方法は、種々の場面で応用され、多くの設計バリエーションが開発されてきました。複鉄筋矩形梁の設計法がその第一の応用です。T形梁・箱断面梁、さらには特種な断面形状の部材の設計は、矩形断面の設計知識を基にすれば見当はずれの断面を提案しなくても済みます。単鉄筋矩形梁の設計法は、コンクリート工学では殆ど常識であるとして、あまり丁寧な解説をしない傾向がありました。そのため、初心者には学習の機会がなく、また経験のある技術者であっても、手軽に設計を検証する手段がない、と言った、一種の技術の空洞化が生じています。この穴埋めの意味もあって、この設計プログラムを開発しました。

 設計の進め方は、与えられた曲げモーメント・軸力などの外力を入力データとします。理論計算を基に、実状に合わせた部材寸法や鉄筋を決定し、応力を計算し直して安全を確かめます。第1章は、上記の計算に使う実用式をまとめました。なお、実際構造では計算に乗らない細部構造を補う必要があります。計算で断面積を求める鉄筋を主鉄筋と言いますが、このほか、例えば、配力鉄筋・帯鉄筋・組立用鉄筋・用心鉄筋・スターラップなどが断面設計には必要であることに注意します。


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