易しくない

工業製図

著者 : 島田 静雄

科学書刊株式会社:電子版 「橋梁&都市 PROJECT: 2012」(ISSN 1344‐7084)

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0. はじめに
0.1 設計は必ず製図を必要とすること
 設計とは、夢を持たせる言葉です。未だ実現していない何かを頭の中に思い浮かべ、それを創造する作業を意味するからです。英語のdesignをカタカナ語にしたデザインは、一般に使われ、小学生などを対象にして、自動車のデザインコンテストなどと使う例を見ます。しかし、ここでのデザインは、単純な、お絵描きの意味です。現実の設計作業は、専門ごとの具体的な勉強が必要です。設計者は、対象物の機能設計と共に、立体的な形状を図面に表します。一方、製作者は、その図面を見て、立体的な形状を設計者の意図通りに理解して作業に当たります。したがって、設計は必ず製図を伴いますので、用語として設計・製図と対に使います。製図は一つの技術分野を構成し、工業教育では必須の科目として扱います。この中身は多くの内容があります。細かな製図規則を解説することに先立って、全体概念の紹介から始めて、教育に利用することと、実務に役立てる説明を、この報文にまとめます。

0.2 規格や基準は法律ではないこと
 製図だけに限らないのですが、工業で利用する規格や基準の文書は、一種の公用文です。用語の選択や文章の作成に標準的な決まりがあり、見掛け上、法律文のようにまとめます。法律は国が決め、強制力を持ち、それを守らない場合の罰則もあります。規格や基準は提案です。国が提案した場合であっても、強制力も罰則もありません。それらの条文は、守る方が便利なように決めるのですが、理由があれば守らなくてもよいのです。通常は、この選択を当事者間の契約で決めます。製図の約束のように、実務と関係する場面では、当事者間の習慣の違いが表面化することがあって、それを調整する提案が必要になります。合理的な理由があって、それに納得が得られれば、新しい提案を受け入れることもしますが、長年の習慣がある分野では、切り替えは単純には行きません。普及するまでに、長い場合には何年もかかります。完成文書となった製図基準を理解するときには、それが決まった経緯についても理解があるのが望まれます。これを製図教育としても取り上げたいところです。

0.3 規則を文書にまとめるときの書式があること
 私的な場面では、文書にしない口頭での約束も行われますが、公的に決める規則は文書にまとめます。その標準的な中身の書式(スタイル)は、表題・目的・用語の定義・本文・参考事項です。目次と索引があると丁寧です。用語は専門ごとに多様ですので、用語の定義だけを別に決めることもあります。これには、学術団体などが学術用語として提案したものを採用するのが普通です。また、規格や基準そのものの原案の提案にも、学術団体が協力しています。土木製図基準は、土木学会がその専門分野での利用を考えて作成したものです。その基本的な部分に国家規格のJISを取り入れ、また土木の専門的な基準を反映するような調整が図られています。しかし、細かな点で、土木製図基準とJIS規格、また他の専門分野の規格とでは、整合しないことも起こります。これらは裏話的な知識ですが、基準成立の過程を知るときに役に立ちます。

0.4 常識として省略される知識を補っておくこと
 科学技術は年々進歩しています。その活動の第一線に居る人々は、進歩の流れに乗って経験を積んできました。これらの人々は、基本的な知識、言わば段階的に進歩してきた経緯、を踏まえた上で、現在進行中の科学技術を理解しています。若い次世代の人を啓蒙するとき、現時点での最先端の知識を教材にすることは重要です。しかし、古い知識を理解させる教育が抜けることがあります。第一線に居る人が常識と考えている単純な知識は、実は、その人が若い時代に覚えた経験です。しかし、その知識獲得の過程を忘れて、常識だと本人が判断した事項を省くことが見られます。そうすると、一見、華やかに見える裏で、教育知識の空洞化が進み、結果として全体科学技術の進歩に支障が起こります。したがって、どこかで、初歩から段階的に積み上がった知識を説明する教育環境が必要です。製図基準の話題で言うと、この半世紀の間に、何度も改訂が行われてきました。或る基準が提案され、次の機会に省かれ、また次の機会に復活した項目もあります。これには、それなりの理由がありました。委員会が提案した項目に委員の合意が得られなかった過程には、常識的な知識の解釈違いに因ることもあります。幾らか本題から脱線するような話題も、教育的な配慮としては重要です。このような雑学的な話題を理解した上で、改めて規格や基準本文を読み直すことを薦めます。

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