易しくない

コンピュータ言語学

著者 : 島田 静雄

掲載誌 : 橋梁&都市 PROJECT(2010年1〜12月号)

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0. はじめに
 科学の一分野に言語学があります。もともとは文科系の学問とされていました。コンピュータの利用に欠かせないプログラミング言語が研究されるようになって、理科系の人も興味を持つなど、この学問の範囲が広くなってきました。そもそも、学問とは、何かの対象に知的な興味を持つことに始まります。言語学は、例えば「日本語は面白いよ」が始めにあって、幾つかの見方に深入りをしていく過程を系統的に整理して構成する全体を、大雑把に指します。言語学の定義は辞書に書いてありますが、そこに書いてない全体もすべて理解しようとなると単純な学問ではありません。学問的な研究と言うときは、対象とした問題の本質的なものを取り出して、何かの法則を発見するか、仮説として提案する態度を言うようです。余分なものを取り去る操作を捨象と言い、抽象は本質を取り出すことを言います。工学的な見方をすると、純粋化、精製化です。悪口を言うと、科学的態度と言うのは、美味しそうなところのつまみ食いです。

 言語学が何の役に立つのか、のような世俗的に問いかけに対して、純粋科学的な方法論は捨象ですので直接の答えが出ません。反対向きが具象です。現実の複雑な問題に正面から取り組む応用科学を実学と言い、それをさらに応用するのが技術です。具体的に言語学と関係する実用技術は、作文と話し方です。例えば、英作文と英会話がそうです。コンピュータ言語学に関係する実用技術は、作文がプログラミング、会話にインタフェースと当てることができます。これらは、他人から教わる部分が多いとはいえ、自分の責任で努力することが必要です。これらの技術を磨くには、元に戻って、言語学的な知識が有ると役に立つ、と答えることができます。

図0.1 自動製図用に開発した漢字のベクトルフォント
 言葉は日常的な道具です。筆者の専門は橋梁工学ですが、その説明に日常的な言葉を道具として使います。筆者が、日本語に関することに手を染めたのは、コンピュータを使った自動製図に、漢字で説明を書き込みたい、とする研究(1974)に始めました(図1.1)。その当時は、日本語ワープロなどが無かったこともあって、周りの人の多くは奇異に感じていたようです。筆者は教育現場に籍を置きましたので、知識の伝授だけでなく、文書の書き方や口頭発表の技術も、系統的に教える必要がありました。コンピュータを使うことは、コンピュータを人に見立てて(擬人化して)その人に語りかけ、コンピュータから結果を聞き出す対話と捉えます。このときの言語がプログラミング言語です。ここから、コンピュータ言語学、英語で言えばcomputational linguisticsが用語して表れるようになりました。これから説明するコンピュータ言語学は、普通の言語学の切り分け方とは異なって、脱線的に見える話題を含めた書き方をしています。そこで、形容詞の「易しくない」を付けることにしました。
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